「深呼吸の必要」

さとうきび畑の労働は、一見、若さが搾取されているという感じがしないでもないけれど(大学時代に同級生が夏休み、北海道に同様の作業をしに行き、こき使われたという話を聞いたことがあるからかも知れない。そう言えば、この映画の主演の香里奈も出ていたフジテレビのドラマ「牛に願いを Love & Farm」も同じような話だったなあ。)無心に(何も考えず)何かの作業をやることで心に抱えた傷が癒えるということはあると思うし、意味がないわけではない。

疲れた心にしみる。最近、連夜の徹夜を含む過酷な労働に追われていただけに、癒される。

長澤まさみ演じる、リストカットの痕が残る高校生が語ることば。

「朝は来るんだ。クタクタになるまで働いて、ご飯食べて、それでぐっすり眠れば、朝は来るんだよね。」

そう、その通りなんだよ。

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Flamingo the Arusha「Paris Match LIVE2009『Passion8 tour』」

もうずいぶんと前のことになってしまったが、憶えている範囲で少し

このライブハウスは初めて。開場前に入り口近くに並んでいると、幾つかのランプ?キャンドル?を店頭に掲げるためお店の人が出てきた。なかなかシャレていて、これから始まるショーへの期待が高まる。店の中も暖炉があるなど、結構センスがよい。自宅か職場の近くにあれば通いたくなるような感じの店だ。でも難波は遠いなあ

前回のシャングリラでのライブのときはステージと客席に間に段差があったので、かなり早い入場のため最前列に行けたもののそれをあえて避けたのだが、今回は指定席で最前列。しかし段差がなかったので見上げて首が痛くなることもなく問題はない。場所は杉山氏の目の前。ちなみに彼は前回、演奏とVJで大忙しだったが、今回はVJの仕事はほとんどなし(ビデオ映像は特になし)。前回のビデオ映像、かなり気に入っていたんだけど。やっぱり演奏と一緒にやるのは大変だろうなあ

向かって左のホーンセクション、すごく近いので音がビンビン耳に入ってきた。ときどきちょっと大きいかなと思うこともあったが、迫力があり、悪くはない

セットリストは、かなり新旧取り混ぜた感じ。懐かしい曲が聴けてうれしい。2時間半と、かなり長めにやってくれて大満足。やっぱりマリさんはいい声している。聴いていて幸せな気持ちになる

今回は前回よりもおしゃべりが控えめ。トークも面白いのでもっとききたかったな

アンケート用紙にも書いたけど、彼らの音楽の素晴らしさを多くの人と分かち合いたいと思う反面、Superflyみたいに売れてチケットが取りにくくなるのも困る(今ツアーのはなんとか手に入れたけど)。まあ、私の布教活動としては、パーティーでBGMに使い、アン・サリーなどと同様に「知る人ぞ知るスグレもの」として紹介するぐらいかな(たまに彼女らを知っている学生がいると非常に嬉しい)。

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ザ・シンフォニーホール「大阪フィルハーモニー交響楽団第432回定期演奏会」

最近徹夜仕事が続き、特にコンサートの前々日の夕方から前日の深夜まで、30時間ぶっ続け(一睡もせず、食事は「ながら」)で仕事をする。偏頭痛もありあまり気が進まなかったものの、気分転換になるかもと思い出掛けることにする。
 
道に迷い、走って会場に到着したのが開演の5分前。徹夜続きの身には結構こたえる。今回の席は最前列、つまり「かぶりつき」。演奏者との距離が非常に近く、彼らの靴やヘアスタイル、ヒゲなどが気になる(笑)

 
ハイドンのチェロ協奏曲の最中、不覚にも寝てしまった。目覚めたのは終わる直前。チェロのピーター・ウィスペルウェイが演奏するときの声?息?が大きく、グレン・グールドの鼻歌を思い出す。

気を取り直して、お目当てのオルフ「カルミナ・ブラーナ」世俗カンタータを聴く。これはやはり、クラシック音楽の中でも異端とも言える曲だ(だから好きなのだが)。最初と最後の合唱の迫力は凄まじい。打楽器にはインパクトがある。また、ソプラノのシモーナ・サトゥロヴァの声が素晴らしい。その美しい歌声は、あたかも天国へといざなうかのようだ。

だからというわけでもないが、途中でやはりうつらうつらしてしまった。やはり、肉体的にも精神的にも疲れているときは音楽を心から楽しめないな。


今回も大植英次のエネルギッシュな指揮は健在だった。指揮棒を使わず、右手や左手はもちろん、体も表情も全てを使って楽団をリードしているのがよくわかる。それから、目の前で真横から見たところ、やっぱり彼のお腹は出ていなかった。彼に倣ってこれからお酒は控えよう(笑)

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NHK教育日曜美術館「華麗なる天平の女たち〜正倉院の秘宝〜」

関西に住んでもう長くなるのに、毎年奈良で行われている「正倉院展」には一度も足を運んだことがない。毎年、この番組で紹介されるのを見るだけだ。

今回の番組では、女性、特にその化粧やファッションに着目しているという点が斬新だった。学問でもそうだが、同じ素材でも切り口によっては新たなものが見えてくることがよくある。約1250年前の、光明皇后の時代の文化を身近なものとしてとらえようという試みはおもしろい。

そういえば、この番組(&「迷宮美術館」)に出演されたこともあるかつての恩師から(少し前に)伺った話だが、この番組には英国の某有名大学において美術史でPh.D.を取得した方が関わっているのだそうだ。

いつか、「これだけはどうしても見たい!」というものが出品されたら、一度奈良まで出掛けてみようかな。

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NHK教育日曜美術館「最後の葛藤 天才画家・速水御舟」

対象に迫る画力のすごさ。自分は何かを見ているけど、実は何も見えていないのでないかと思わずにはいられない。畳の目まで実に細かくリアルに描かれている。

1935年に亡くなった画家が1953年にワトソンとクリックによって提唱されたDNAの螺旋構造を見抜いていたという宮さこ氏の意見には賛成し難いけれど、彼の「天才とは、努力することが(他人の)目に見えてこない人、努力が苦にならない人」「積極的な絶望感が、エネルギーに変わる」ということば、また姜氏の「絶望(および悩みと葛藤)がないと創造的なものは出てこない」ということばには、なるほど、と思う。

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NHK-BS2クラシックミステリー名曲探偵アマデウス「ボロディン『ダッタン人の踊り』」

ドビュッシー「月の光」やラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」など、最近私好みの選曲が続く。番組の始めから最後まで見るのは昨年4月頃以来。当時は「かったるい」と思い見るのを止めてしまったが、こうしてちゃんと見ると学ぶべき点が多く、参考になる。

音楽から受けるイメージが、実はその構成によるものだということがよくわかる。
異国情緒をかき立てる「ドリア旋法」のメロディー、
民族性を感じさせる「ドローン」の伴奏、
郷愁を誘うイングリッシュ・ホルンの音色と装飾音、
迫力のある打楽器&原始的な生命力を伝える
「空虚5度」の伴奏、
早いテンポで繰り返され、騎馬民族を連想させる
ギャロップのリズム。
背景を知らなくても、
これらが一つになってその曲の心象を作り出し、
聞き手の心に伝わってくる。

ロシアを含むスラブ音楽に私がひかれる理由も、ひょっとしたらこのあたりにあるのかも知れない。

また番組では、この曲における繰り返しの多用が、ヨーロッパ音楽における「展開」とは異なることに言及していた。留学中に友人のロシア人が自分のことを「ヨーロッパ人ではない」、またサンクトペテルブルグのことを「あまりにヨーロッパ的」と言っていたことを思い出した。

スラブ文化圏には、まだ日本ではポピュラーではないが優れたアートも多いと思われるので(San DiegoのBalboa Park 内にあるThe Timken Museum of Artのロシアのイコン(聖像画)には息をのんだ)、これから開拓していきたい。

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堂島リバービエンナーレ2009「リフレクション:アートに見る世界の今」

今年から新たに始まった現代美術の祭典。
とはいえ実際は「シンガポールビエンナーレ」に
出展されたものを寄せ集めたもの。
凡庸なものも多い中、印象に残ったのは3つ。

セルジオ・プレゴ「裁判所21号法廷」
特に法廷であることに意味はない。
爆発によって生じた煙を周囲から多くのカメラで撮影し、
それをスライドショー形式で見せることで
ある瞬間の煙があたかも彫刻のように感じられる。
やっていることは単純だけれども、
煙が示す「表情」の豊かさについつい見入ってしまう。
これはアイデアの勝利だ。
時間や実体、そしてもちろん視覚について考えさせられる。

レオニド・ティシコフ「プライベート・ムーン」
ある男と三日月の「蜜月」を描いた写真が並ぶ。
詩的な、そして幻想的な世界がそこにある。
最初はあまりにメロウでセンチメンタルかなと
思ったが、後で外にその月が展示してあるのを見て、
ある種のリアルさを感じる。キレイな作品だ。

会田誠「日本に潜伏中のビン・ラディンと
名乗る男からのビデオ」
会田誠が中東系の男のかっこうで、
こたつで日本酒を飲みながら変な発音で
「コイズミガ…」「チョット、ヨッテマス」
などとウダウダくだを巻く様を映したもの。
声をあげて笑ってしまった。このセンス、いやいや、
芸風は「水曜どうでしょう」の大泉洋に似ている。
そういえば、以前森美術館で「六本木クロッシング展」を
見たとき、フジタマを推したキューレーターが
現代美術のキーワードとして「笑い」を挙げていたっけ。

会場の堂島リバーフォーラムに行ったのは今回が初めて。
この辺りは阪大医学部病院移転後の再開発で
昨年5月に「ほたるまち」というエリアになったらしい。
ABC(朝日放送)が隣接しているから、言うならば
ミニ「赤坂サカス」という感じかな。
キリンプラザ大阪がなくなり、サントリーミュージアムが
閉館するとの報道ある中、これから
いろんなイベントで大阪を盛り上げて欲しいな。

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サントリーミュージアム「対決。水の都 大阪VSベニス 安藤忠雄建築展2009」

「中之島プロジェクト」の模型は、
少々土地勘があるせいか結構楽しめた。
「アーバン・エッグ」が面白かったが、
これが実現したという話は聞かない。
現在彼が渋谷駅地下で作っているものはこの変形か?

そう言えば、大分のアートプラザ(旧大分県立図書館)
にある磯崎新建築展示室を訪れた際、
かつて彼が1960年代に設計した「空中都市計画」が
ドーハのカタール国立図書館に形を変えて
最近実現した印象を受けたのを思い出した。

「住吉の長屋」を見たかったが、
今回の展示にはなかった。
最近東京では実物大の模型を見ることが
できたらしいが、大阪ではその展示がなく、
ここで見られるかと思っていたのだが。
その代わりというわけでもないだろうが、
神戸の海岸に面した「4×4の住宅」の模型があった。
狭さや住みにくさという点ではとてもよく似ている。
私は果たしてこの中に住む勇気があるだろうか。

真言宗本福寺水御堂は、
ミュージックビデオなどによく出てくる建物だが、
これが彼の作品だとは知らなかった。
ぜひ一度現地を訪れてみたいものだ。
訪れてみたいのはベネッセハウスも同じ。
ベネッセの方に直島のパンフをもらったが、
見れば見るほど行きたくなった。

それにしても、会場かつ彼の作品である
「サントリーミュージアム」がもうすぐ閉館となるのは
つくづく残念である。
「キリンプラザ大阪(KPO)」に続き、
関西の現代アートシーンを牽引していた美術館が
また姿を消してしまう。それに加え、
関西におけるアート情報の伝播に貢献してきた情報誌が、
「エルマガ」に続き、「HANAKO West」も休刊になる。
どうすればこの衰退に歯止めをかけることができるか、
真剣に考えなければならない。

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ザ・シンフォニーホール「大阪クラシック85」

ヴィヴァルディのピッコロ協奏曲から始まる。
軽やかな、かわいい曲。

2曲目は、プラウのチューバ協奏曲。
ふだんはあまり目立たない(主役になることがない)
チューバがメインのこの曲はなかなか面白かった。
それぞれの楽章が始まるときのヴァイオリンが
心にスッと入ってくる。とても印象深い。

ここで大フィル指揮者の大植英次が、
「ブランデンブルグの話をしてもいいんですが、
これだけは言わせて下さい、よくきかれるんですが、
ダイエットはしてません!酒をやめただけです。
正確には、2本のところを1本にしたり、
2杯のところを1杯にしたり。」
と力説していた(笑)
酒をやめると痩せるらしい。いいことをきいた。
私の場合、別に好きで飲んでいるわけではないから、
彼をまねてちょっと控えてみよう(笑)

それにしても大植英次はエネルギッシュだ。
以前テレビのインタビューで、シングルでホテル暮らしを
していると言っていたけれど、まだそうなのかなあ。
体調管理が心配だ。

また「今夜で大阪クラシックの聴衆がのべ4万人を越えた」
とのこと。東京のラ・フォル・ジュルネに負けない音楽祭に
育ってほしい。というか、育てていきたいものだ。

最後は、バッハのブランデンブルグ協奏曲第2番。
オーボエとピッコロ・トランペットが紡ぎ出す風が
会場を巻き込む感じがする。

1時間ちょっとの短い演奏会だったが、
最近職場に泊まり込んで仕事をしていたので、
とてもいい気分転換になった。
豊かな気持ちになれるから、
やっぱりときどき足を運ばないとなあ。

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国立国際美術館「ルーブル美術館展・美の宮殿の子どもたち」

かなり古い時代(紀元前2000年ぐらい)のものから
近代のものまでいろいろある。
ときに、展示物の時代が「ビュン」ととぶのでビックリする。

かつて上流階級の間では、少年を少女の服装で育てる
風習があったそうだが、描かれているのはどう見ても少女。

古代エジプトの「夫婦と子どもの像」には、夫婦に比べ、
両親の膝までしかないひょろっとした子どもが刻まれている。
子どもらしい丸みがなく、また両親と触れ合っていない
(妻は夫の肩に手を掛けている)。
一方西洋絵画では、愛らしく、また母の胸に抱かれる子どもが
多く描かれている。この違いは一目瞭然だ。
それぞれの社会での子どもに対する認識の違いが
このような表現の違いとなって現れているのだろう。

一つの展覧会としてのまとまりはない
(子どもが主題の作品を寄せ集めただけだ)が、
まあ、暇つぶしにはなるといった感じかな。

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国立国際美術館「やなぎみわ 婆々娘々!」

やなぎみわは、とことん男に興味がないんだなあ。

いちばん見たかったエレベーターガールのシリーズがなかったのが残念。

彼女の作品と私の思考・情動回路がつながらない(心に響かない)。私が男だからだろうか、それとも私が彼女のようにお婆ちゃん子ではなかったからだろうか。So what?(だからどうした?)と思わず問いかけたくなる。

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国立国際美術館「慶応義塾をめぐる芸術家たち」

慶応とはほとんど縁がない谷口吉郎とイサム・ノグチの作品を展示していることからもわかるように、これは昨年関西に進出してきた慶応の広報でしかない。国立の美術館で特定の私学の宣伝をやるとは。独法化以降の国立美術館・博物館の迷走ぶりがここにも現れている。

と、ちょっときついことを書いたけれど、国からの予算が毎年削減されていく中、お金を出してくれるところがあればそれに飛びつかざるを得ない状況なのかも知れないな。なんだかかわいそうに思えてきた。

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Perfume「△(トライアングル)」/中田ヤスタカ

Perfumeが好きだというと学生に笑われてしまったが、
その楽曲のクオリティーはホンモノだ。
私としてはアイドルユニットという意識はなく、
中田ヤスタカの作品のメディア(媒介者)が
こしじまとしこ(Capsuleボーカル)と違う、
といったぐらいの認識でしかない。
いくらボーカルが変わろうと、
Pizzicato Five&野本かりあの楽曲が
小西康陽の作品であるというのと同じだ
(田島貴男はちょっとクセがあるけど、それはそれでいい)。

海外ではChemical Brothers、国内ではFantastic Plastic Machine (FPM)をよく聴いてきた耳に、中田ヤスタカの作品はよくなじむ。
彼がDJをやるイベントにぜひ一度行ってみたいものだ。
Capsuleとしてこの春大阪に来たらしいが(さらに福原美穂の大阪単独ライブも一日違いであったのだが)ちょうどその頃東京出張が入っていたため残念ながら行けなかった。
まあ、また来てくれるだろう。

そういえば、FPMの田中知之がお皿を回したイベントには
大阪で一度行ったことがある。2001年に南港のベイサイド・ジェニーというライブハウスで行われたオールナイトのイベントに、LOVE PSYCHEDELICOやSuper Butter Dogと共に出演していたのだ。田中知之が出てくるとオーディエンスがみんなノリノリだったのを憶えている。
話によると、そのライブハウスは今では100円ショップになったそうだ。時の移り変わりを感じさせられるなあ。

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Abercrombie & Fitch/J.CREW

Abercrombie & Fitch(A&F、俗称アバクロ)が今年日本に初上陸し、直営店を銀座に出すらしい。アメリカでのブランドイメージを知っている者としては、これにはどうも納得がいかない。銀座は「大学生向けのカジュアルの王道」というA&Fのイメージに合わないのだ。この違和感は、「値段のわりに質がよくまた色使いがきれいで、ミドルクラスのヤング・プロフェッショナルが週末に自然食を扱う高級スーパーに行くときに着る」というイメージのJ.CREWの路面店を原宿駅近くで見つけたときにも感じたものだ。

アメリカにいた頃、Gapはティーンの服、A&Fは大学生御用達、Banana Republic(俗称バナリパ)はアウトドア、L.L.Beanは防寒着、Lands' Endはベーシック、J.CREWは上品なカジュアル(Lands' Endから独立したデザイナーが立ち上げたブランド)、Brooks Brothersはフォーマル、Polo Ralph Laurenはカジュアルとフォーマルの中間(Brooks Brothersのバイヤーが立ち上げたブランド)と、アメリカンブランドはほぼ完全にカテゴライズすることができた。

ところが日本に帰って来ると、テレビドラマ「Sex and the City」のごく最初の頃のエピソードで理想的な登場人物を形容する際に「J.CREWのカタログ(カジュアルウェアの着こなしの教科書として認知されていた)から抜け出てきたような」という表現が使われていたはずのJ.CREWが安っぽく売られていたり(日本のJ.CREWの店員、つまりレナウンの社員数人にアメリカでのブランドイメージを伝えたところ、皆一様にビックリしていた)、メーン州の田舎発の防寒着でしかないL.L.Beanがオシャレなイメージを打ち出していたりしていた。ブランドイメージが日米で全く異なるのに愕然としてしまった。

一時期のユニクロはその棚の配置にしてもカタログにしても、J.CREWの完全なコピーだった。ファーストリテイリングにうまく真似できたことが、ライセンス契約を結んでいるレナウン&伊藤忠商事にはできなかったのだ(勉強不足なのか、やる気がないのか、そもそも能力がないのか、理由は特定できないが)。彼らがJ.CREWのイメージ戦略に失敗したツケが、ブランドの昨年から今年にかけての「不採算による撤退」という結果を招いた一因なのは否めない。

J.CREWが撤退していなければ、アメリカのオバマ大統領の就任式で夫人と子供が身につけていたことが日本でも大きく報道されたことから、爆発的な人気を呼んだかも知れないのに。つくづく残念だ。これに関連して、私がよく行っていたGeorgetown Park MallのA&F(ちなみにこのお店で流れていた音楽はかなりよく(カントリーのフレーバーがあるアコースティックなもの)それを聞き続けたいがためにそのお店に長くいたこともあった)で当時のクリントン大統領がクリスマスショッピングをしたというニュースがあったり、私がアフタークリスマスセールのためFriendship Heightsにあって隣接しているGapとバナリパに行った数時間後、生前にお忍びでよくワシントンDCに来ていたダイアナ妃がどちらかでジーンズを買ったというニュースがあったりしたことを思い出した。

これから日本で展開するA&Fには、J.CREW(正確にはレナウン&伊藤忠商事)が犯した誤ちを繰り返さないでもらいたいものだ。

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ETV50もう一度見たい教育テレビ「YOU 誰でもミュージシャン パートII YMOの音楽講座(1983/6/11)」

ソロと違ってYMOのときは自分を曲げているのか、との糸井重里による質問に対する坂本龍一の回答。

「曲げる…YMOのときは自分を曲げているんだなんて思ったことも、そういう時もあるんだけど、今わりと整理してみると、自分っていうのはさ、いろんな自分があるわけ。いろんな状況の自分っていうのがあって、あの、これが自分だっていうさ、こう、ぜん、何ていうかな、100、100%の自分なんてどこにもなくてさ、(略)YMOのときは、この2人と一緒にいる自分があるのね、で、そういう、そういうときに出てくる、あの、音楽があったりするわけね。で僕1人のときには、1人だけでいる自分があって、そこがちょっ、ちょっと違うんだけど、別にどこも曲げている、とか、曲げているわけではないんだよね。」

糸井重里が、「確固たる」「唯一無二の」「絶対的な」ものとしてのアイデンティティー観に基づいた質問をすると、坂本龍一が、「流動的な」「複数の」「相対的な」ものとしてのアイデンティティー観に基づいた回答をする。前者は近代までの考え方なのに対し、後者はポストモダン以降の考え方である。「本当の自分」を求めて「自分探し」の旅に出るなどという古典的な考えに基づく行動が巷では80年代や90年代に流行し、また現在でも一部に残っているらしいが、1983年の段階で坂本龍一は音楽制作に際しポストモダン的思考を実践していたことがわかる。

また坂本龍一は作曲にあたり「条件が多ければ多いほど短期間で早く作れる」と述べている。前にも引用した建築家の隈研吾のことば「制約こそ宝だ」にも通じるところがあると思う。

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The Ian Potter Centre: NGV Australia「常設展」

NGV Internationalに比べ、残念ながらこちらにはあまり見るべきものがなかった。面白い作品もあることにはあったが、それらはどこかしら誰かの作品に似ていた。芸術の世界でも学問の世界でもオリジナリティーが肝心だ。

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National Gallery of Victoria (NGV) International「常設展」

(出張先で見た美術展について書きます。)

メルボルンで最大の美術館。特別展で「ダリ展」をやっていたが、そちらには興味がなかったので(「ダリってだり?」「そんなの見るのはだり〜」なんてダジャレを言ったのは同行の仕事仲間であって私ではない)、常設展だけを見る。

Ground Level
最初に見たのは、関西でも最近個展があったBill ViolaによるOcean without a Shoreというビデオアート。2007年のベネチア・ビエンナーレに出品されたものらしい。彼の作品をちゃんと見たのは今回が初めてだったが、一度見て忘れられなくなってしまった。生の世界と死の世界を行き来する人物を映像(モノクロとカラー)と音声(シャワー音)で表現している。この作品についてはまだ消化できていないので、これからも考えることになりそうだ。

ベネチア・ビエンナーレと言えば、私が行ったのは2005年の夏だったっけ。もちろん素晴らしかったものの、全てがそうというわけではなく、玉石混淆という感じだった。横浜トリエンナーレも全然負けてないぞ、と思ったのを憶えている。

Level 1
Cavallinoの作品に描かれている女性はとてもマリアには見えない。普通っぽい。
全体的に、欧米の主要都市にある美術館と比べると、有名なアーティストの作品数がかなり限られていることがわかる。しかし、無名でも質の高い作品を集めようという努力の後がうかがえる。

Level 2
他と比べるとオランダ絵画のセクションが充実している。Steenやvan Dyckの作品もよかったが、やはりRembrantの作品は抜きん出ている。彼のスタジオのメンバーの手によるという自画像は好々爺っぽくてなかなかいい味が出ている。

ブリューゲルによる描写の細かい作品を見ていて、ふと山口晃の作品を思い出した。そういえば似ているかも。

Hughesの描く女性はきれいだ。Laveryの描くエキゾチックな世界にもひかれる。また、Picassoがデザインした壷が艶かしい。壷の曲線が女性の体のラインに相当している。ピカソはやはりエラい、じゃなかった、エロい。(まずい、ダジャレがうつってしまった…)

Level 3
草間弥生の作品があったのでビックリ。あの狂気の世界が海外でどう受け止められているのか気になる。

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「The Boat that Rocked」

これはカンタスの機内上映で見たもの。
この春に英国で封切りされたが
まだ日本には上陸していないらしい。
60年代英国沖の架空海賊ラジオ局のDJたちのお話。
物語は予定調和だけど音楽がスゴくいい。
ロックを愛する人たちが作った映画だとわかる。
それにしても音楽を描いた映画にはハズレがないなあ。
60年代のブリティッシュロック好きには垂涎モノだ。

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NHK教育日曜美術館「私は自然になりたい 画家・犬塚勉」

テレビの画面からでもその作品の迫力が伝わってくるようだ。
彼が自然の向こうに見つめていたものを確かめたい。
関西でもぜひ個展をやってほしい。

甲斐庄楠音、小山田二郎、石田徹也など
個性的な画家を知ったのも前身の「新日曜美術館」だった。
もはやこの番組を見ない日曜は考えられない。

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NHK教育日曜美術館「クリムト・黄金にきらめくエロス」

クリムトの作品はflashyであまり好きではなかったのだけれど、
彼の作品がcaptivatingであることは間違いない。
番組では彼がなぜ金を多用するようになったのかについて、
金細工師の父の存在、ビザンチン美術の影響、
ジャポニズムの影響などが挙げられていた。
パリでは浮世絵、ウィーンでは着物の型紙による構図や文様と
ジャポニズムの受容の仕方が違うという結城昌子氏の指摘は面白い。

自画像を描かない画家。芸術家というより職人なのだろう。

そういえば昨年訪れた、その建築が日本一美しいと言われる
豊田市美術館にあった作品も印象的だったなあ。

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