Amtrak「California Zephyr号」3

(コンピュータトラブルのため更新できませんでした。今も別のマシンを使っています。早く直るといいのですが。)

朝起きると、この時点で6時間以上遅れているとの車内放送がある。夜間にバッテリーが故障したので直すのに2時間かかったとの理由を説明した後、“Im sorry, but its not my fault”と言うのには笑った。いかにもアメリカ人らしい。

車窓から見えるNebraskaは一面雪景色。霧がかかっており、数十メートル先も見えない状態だ。かなり高地にいるのだろう。

エンジンが1つの状態で走っているらしい。「いざとなったらバスで目的地まで運ぶ」とのアナウンスがあったが、もうバスの乗り継ぎはごめんだ。遅くなってもいいから、鉄道でシカゴまで行きたいと思う。

IowaMount Pleasantの駅に着いた段階ですでに8時間の遅れ。だんだん疲れてきたせいか、Sightseer Loungeにいる乗客が大声で歌ったり叫んだりし始めた。電源があるので長らくそこに陣取っていた私だが、あまりにうるさいので退散した。もう嫌だ。二度とこんな旅をすることはないだろう。というか、したくない。

なぜこんなに時間にルーズな状態が許されるのだろうと考えてみた。たぶんアメリカ人は「鉄道なんてこんなものだ」「遅れて当たり前だ」と思っているに違いない。だから状況を改善しようとは思わない。一方、日本人はトヨタ自動車の用語「カイゼン」が英語になったように、あらゆることにおいて「反省」をして、次はよりよいものにしようと努力をする(なお、日本と違い、アメリカには何かある毎に「反省会」をやるような文化がない)。これはなにもアメリカ人が怠惰だと言いたい訳ではない。アメリカ人は「この程度で構わない」と思ったらそこで改善を止め、最低限の努力を維持しつつ低コスト化を図る。そしてその方が確実にマス・マーケットに訴える。アメリカのスーパーマーケットを見るがいい。そこに置いてあるものは10、いや20年前とほとんど変わらない。品物がどんどん入れ替わっていく(新商品がどんどん出て並ぶ)日本のスーパーとは大違いだ。一方日本人は改善への努力を惜しまず、より質の高い品物やサービスを提供するが、結果としてそれは高くついてしまう。日本ではそれでもなんとか買ってもらえるが、世界のマーケットでは「そこまでの質の高さは要らない、コストが安い方がいい」と言われてしまう。経済にうとい素人考えに過ぎないが、在外経験がある身として言わせてもらうと、日本の生きる道は、最高の質を求めるニッチマーケットを確実に押さえつつ、諸外国のそれよりは質が高いものの、これまでよりコストを抑えた品物やサービスを展開していくことにあるのではないかと思う。

IowaBurlingtonの駅を過ぎ、IowaIllinoisの州境を流れるMississippi川に差しかかった辺りでまた車内放送があり、シカゴには7時間遅れで到着の予定とのこと。少しは遅れを取り戻してくれるということか。

61時間(2日と13時間)かけて、とうとうシカゴのユニオン駅に到着。長い旅だった。前に来たときに見逃した、映画「アンタッチャブル」に出てきた乳母車が転げ落ちる階段を探そうと思ったが、そんな余裕もない。最近Best of Chicagoのホテル部門を受賞したという4つ星のBoutique hotel(変な意味ではない)に移動して、やっと寛ぐ。

本来なら前日の昼に到着し、夜にリリックオペラのビゼー「カルメン」を観賞するつもりだった。しかし予定が1日ずれたため、今回は見られなくなってしまった。まあ仕方ないか。

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Amtrak「California Zephyr号」2

翌日の明け方に(本当は真夜中に着くはずだったが数時間遅れているため)いきなり大きな街が出現したと思ったら、UtaSalt Lake Cityだった。巨大なバスターミナルがあり、ここが交通の要所であることがわかる。Provoの駅を過ぎると、左右に雪山がそびえている。しばし見とれる。

外見からは誰がモルモン教徒かは分からないが、誰がアーミッシュかは分かる(ただ、彼らが一般のアメリカ人から特別な目で見られている点においてはあまり違いがない。留学中に一軒家を数人でシェアしていたのだが、そのうちの1人がモルモン教徒だとわかったとき、別の1人が”She is Mormon”と言う感じと、今回隣にいた家族の母親が息子に”They are Amish”と言う感じがかなり似ている)。始発のEmeryvilleから一緒に乗り込んだ、ヒゲを蓄えた男性と頭巾をした女性のカップル+赤ちゃんは、確実にこの俗世間から浮いている。女性の目を見たが、大変澄んでいる。幼なじみのカトリックの修道女と似た雰囲気だ。大都市ではなかなか出会えない人たちに遭遇するのもこの旅の醍醐味だ。

昼頃、グランドキャニオンでみた巨大な岩山を左右(特に左手)に眺めながら進む。ランチで相席したおばさんの話では、この路線は嵐のため3日間動かず、今乗っているのがその後初めて走るものらしい。動いてよかった。もう一人相席したおじいさんは、鉄道を使うときは1日余裕を見た方がよいという。1920年代か30年代には、1週間遅れたこともあるらしい。それはありえない(困る)。

ColoradoGlenwood Springsの駅の少し前で、逆方向から来る列車があるからということでまた停車する。この時点でもう3時間以上遅れている。「この駅で少し停車するが、遠くまで行かないようにね。ホイッスルが聞こえないところまで行って乗り遅れると明日まで電車は来ないよ。その場合には喜んで新しいチケットを売るからね」というユーモラスな車内放送にラウンジで笑い声が巻き起こる。でもこれは冗談ではない。1日に1本しか来ないのは本当だからだ(逆方向の列車はあるけど、それだと来た方向に戻ってしまう)。

グランドキャニオンで、佐野元春のバックバンドじゃなくて(笑)本物のコヨーテが見られるかと思っていたところ、そんなわけにはいかなかった。ダンス集団のコンドルズじゃなくて本物のコンドルを見ることも期待したが、その願いもかなわなかった。しかし、この路線の車窓から禿鷲を見ることができた。ロッキーマウンテンの辺りを走っていたところ、「右手に禿鷲がいる」という車内放送があり、目をやると木のてっぺんから、堂々と周囲を見渡している様子が見えたのだ。確かに頭が白い。ラッキーな経験だった。

グランドキャニオンで遠くから見たような岩山がすぐ近くに迫っている。その険しさを、路線に沿うようにコロラド川が流れているのが和らげている。水のある風景は心を和ませる。

ColoradoDenverに近づく頃には日も暮れている。ディナーの時間になり、食堂車でスキーリゾートから返る途中の母娘と相席した。心理学を学んだが、元看護士の母のように看護士を目指して専攻を看護学に変えようとしている女子学生が突然「夜景がきれい」と言うので外を見る。これまでは岩山と川、ときおり放牧地しか見えなかった車窓に、いきなり街が出現していた。それでも郊外の街でしかなく、さらにDenverに近づくにつれ、街は大きくなっていった。この晩はポークのリブに齧り付く。

Denverの駅に着くと、バッテリーを取り替えるとかで通常よりも長く停止した。停車中は車内の電気が完全に消えた。この先大丈夫かな、と一瞬思ったが、すぐ、なんとかなるさ、という気持ちの方が強くなる。

 

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Amtrak「California Zephyr号」1

今回の鉄道の旅の最後を飾るのはCalifornia Zephyr号だ。駅に着いてまずCoast Starlight号の時のように土砂崩れがないか駅員に確認する(大丈夫との返事をもらって一安心)。この路線はCoast Starlight号と同様に景色がよいと評判なので(こちらはカリフォルニアの海岸線に沿うのではなくロッキー山脈を越える)期待していたが、動き出してみると、最近の嵐のせいで車窓から見えるのは水浸しの土地ばかり。

Martinezを過ぎて右手には、軍艦らしき船がたくさん見える。カリフォルニアの州都サクラメントを過ぎると、左手に空軍基地がある。

アメリカに数週間滞在して感じるのは、軍の存在の大きさと日米の(軍事的な)結びつきの強さだ。旅の途中で多くの退役軍人だという人に出会ったのだが、彼らはそれを誇りにしている(一方、日本では自衛隊出身だという話をあまり聞かない)。彼らはどこで戦ったとか、どの戦闘機に乗ったとか、そういう話を始めるときりがない。また、座席が隣になり、話をしていてこちらが日本人だとわかると、親戚が軍人で日本にいる(またはいたことがある)とか、そのつてで日本に行ったことがあるという人に何人も会った。

数年前にアトランタで開催された日本研究の学会でトークをやるよう呼ばれた際、その参加者たちと共に当地の日本領事館でのパーティーに招かれたことがある(なお、あんなにうまい和食には日本でもなかなかありつけないし、余興で行われた生の落語(たしか文科省ではなく国際交流基金、つまり外務省のお金で滞米していた若手の落語家によるもの)も楽しかった)。そこに、「(テレビ番組に出演する元自衛隊高官の評論家の実名)を知っているか?私は彼と友達だ」と私に声をかける、自衛隊と昔一緒に仕事をしていたという退役軍人のおじいさんがいた。話をしていると、彼がこの学会とは全く関係がない人物だということがわかった。つまりそのパーティーは、外務省による、日本に興味があったり、日本と利害関係があったりする南部のアメリカ人たちと日本人たちとの友好的な関係を築くためのイベントだったのだ。このような事実に接すると、いくら関係が悪化していると報道されても、日米関係はそう簡単に壊れるものではないだろうという気がする。

シエラ・ネバダにさしかかるところで電車がしばらく動かなくなった。やっと動き出すと、ところどころに雪が積もっているのが見えてきた。そう言えば予約するときに「この路線は今スキー客が多くて予約が取りにくい」って言われたんだっけ。

Southwest Chief号に乗ったときやCoast Starlight号(一部だけど)に乗ったときとは植生が違う。北というか、高地の針葉樹ばかりだ。しばらくすると雪も降ってきた。本当にアメリカは大きい。右手の深い谷を見ようとするが霧がかかってよく見えない。P3240403 そのうち、完全な冬景色に包まれた。数日前のアルバカーキでの暑さが信じられないくらいだ。

しばらくしてまた止まる。2時間以上動かない。車内放送によると除雪車が仕事を終えるのを待っているとのこと。まだまだ旅路は長いのに…。

NevadaRenoの駅に着くまでには雪景色はなくなる。これほどコロコロ車窓の眺めが変わるのはおもしろい。

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「San Francisco (SF)」

少し街歩きをする。The Hotel Californiaというホテルがあったが、だからといってこれがThe Eaglesの曲の舞台だという訳ではない(Best Westernの系列だった)。

P3230386 有名なケーブルカーに乗る。外が見渡せる席について首をねじると、すぐ後ろで操縦しているのが見える。乗り心地はそれほどよくないが、坂の角度が半端ではないくらい急なため、確かに便利な乗り物だ。Lombard St.で降りて、Hyde St.Leavenworth St.の間の曲がりくねった道の横を降りてから、北にあるフィッシャーマンズ・ワーフまで歩く。P3230391 観光客向けのお店を横目にピア39まで行き、アルカトラズ島を望んだ後、戻る途中に屋台でボウル状のフランスパンをくりぬいた中にクラムチャウダーが入ったものを食べる。P3230392 うまい(といっても、留学中によく食べていたキャンベルスープ(大きな缶のやつ)のクラムチャウダーと比べてそんなに違いは感じなかったけれど(笑))。

P3230394 Ghirardelli Squareというかつてのチョコレート工場で西海岸の有名なチョコレートを買った後、Golden Gate Bridgeのたもとまで向かう。金箔に包まれてはいない(赤い)。たしかにきれいな橋だ。P3230398 でも私には昨晩越えてきたGate Bridgeの闇夜に浮かぶ光の方が印象的だ。

ユニオン・スクエアの近くにFrank Lloyd Wrightの設計したギャラリーがあるというので見に行く。確かに周辺の建物とはたたずまいがことなる。そこだけ異次元の空間が出現しているようだ。P3230401 中に入ろうとしたが、内側からお兄さんがこちらをじっと眺めていたので気後れして、今回は止めておく。

ショッピングをするつもりはほとんどなかったが、Macys Mens(アメリカにもメンズ館があるのだ)をちょっと覗いてみたら、いいものがあったのでジャケットやパンツを購入。円高のおかげで円安の頃とは比べ物にならないくらい安く買える。同じ品質のものを日本のセレクトショップで買うと少なくとも倍以上の値段がするだろう。

街にたくさんあるWalgreensというドラッグストアに入り何かおもしろいものはないか探していたら、CCRの「Have you ever seen the rain」が流れてきた。この曲に限らず、街を歩いていると結構60年代から70年代にかけてのアメリカの曲が耳に入ってくる。思わず口ずさんでしまう。

最後にチャイナタウンで飲茶。いわゆる中華街のお土産屋さんといった感じのお店を抜けていくと、バンクーバーのそれと同じように洗練されたレストランが見つかった。北米で食べる中華は日本風にアレンジされていないのがいい。ほっと一息。

SFはもちろん魅力的な街であることに間違いないが、皆が言うほど(SFの街の話になるとほめない人はいない)特別だとは思えなかった。まあ、今回は時間が限られていたし、もう少し時間を過ごしてみれば違うのかも知れないけれど。

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Amtrak「Coast Starlight号(のはずだったのだけれど…)」

P3200335 一日予定をずらすことになり、サンタモニカからユニオン駅までバスで向かう。LAはバカでかい街なのでサンタモニカからダウンタウンの駅まで1時間15分もかかる。駅で係員に目的地を告げると、「土砂崩れのため鉄道ではSanta Barbaraまでしか行けず、そこから先はバスで行く」とのことだった。昨日に引き続き想定外の事態に遭遇し、がく然とする。

P3220378 指示されたSurfliner号というローカル線に乗りこむ。予定では止まらないはずの駅にも止まるため、予定より少し遅いペースで移動。やっと海岸線が見えてきたが、昨日の嵐のせいで水が茶色に濁っている。P3220379 でも、そんなに悪い眺めではない。ずっと見ていたかったけれど、それもSanta Barbaraまでで終わり。

P3220380 駅舎を含め、この辺りの建築はあまりアメリカらしくない。神戸女学院の中庭から見える景色が頭に浮かぶ(ヴォーリズの建築を彷彿させる)。P3220381 地名や建築にカリフォルニアにおけるスペイン文化の歴史的な影響が見てとれるのはもちろんだが、スペイン語の表記にもヒスパニック文化のリアルタイムな影響力の強さが感じられる。ワシントンやシカゴでももちろんスペイン語の表記は存在するが、それはあくまでメインの英語表記のサブであり、小さくて目立たない。しかしカリフォルニアでは、スペイン語表記に英語表記と同じフォントや色などが用いられており、公共の場での表記に関する限り両者は完全に対等な扱いを受けている。バイリンガリズムがより進んでいる証拠と言えるだろう。

バスに乗り換えると、鉄道のときに比べ前の席との間隔があまりに狭く、とても息苦しい感じがする。バスからはときおりにしか海岸線が見えない。「鉄道だけじゃなくてドライブもできたから儲けもの」と考えようとするが、ちょっと無理がありそうだ。鉄道であれば、Sightseer Loungeに乗り移り、風景を眺めながら、旅の記録をまとめたり、研究の計画やアイデアを書き留めたりするつもりだったが、バスではそんなスペースが全くないため、車窓を眺めながらSuperflyが最近出した洋楽カバー曲を聞くことにする。

San Luis Obispoでバスを乗り換える。前のバスの運転手がもう一台のバスに移れというので、新しくやってきたバスに乗り込もうとすると、その運転手が前のバスに乗れという。土砂崩れという事態への急な対応のため混乱しているようだ。両者が相談して、結局新しいバスで北上することになる。午後遅くなってくると、今度はAnn Sallyのボサノバを聞く。気だるい感じがよい。

鉄道であれば食堂車がありちゃんとしたご飯が食べられるのだが、バスではそういかない。運転手が「近所のマックに寄るか?」と尋ねたのにみなが同意し、トイレ休憩も兼ねてそこに寄る。ノリは完全に観光ツアーである。マックでハンバーガーを買うのは何年ぶりだろう。チーズバーガー2つとポテト、炭酸飲料のセット。こんなものばかり食べていると間違いなく太る(その結果は回りのアメリカ人を見れば一目瞭然である)。

午後10時前にSan Joseの駅に着く。おもしろいことに、これはもともとの鉄道のスケジュールより早い。駅で待っていると「タクシーを呼んだから、ここからはそれに乗って行け」とのこと。この展開に唖然とするが、こうなったら言われた通りにするしかない。Oaklandに行く乗客5人(アメリカ人)と共にタクシーに乗り込む。

タクシーの中で、これからインドに旅行するという、かつて沖縄で英語を教えたこともある20代の女性や(「沖縄にいるアメリカ人はひどいので、自分が同じアメリカ人だと言うのに躊躇した」と笑いながら言うので「どうひどいの?」と尋ねたところ、笑って答えずじまい)、父がUCICUの交換プログラムの仕事をしていたため60年代終わりから70年代初めにかけて三鷹に住んでいたという奥様と、子供の頃牧師の両親と豊橋に住んでいたというご主人の夫婦とおしゃべりを楽しむ。

1時間もしないうちにOaklandの駅に着く。鉄道のスケジュールより30分ほど早く着いたことになる(いかにAmtrakが遅いかがわかる。高速道路を走る自動車に負けるのだ。オバマ現大統領がアメリカに高速鉄道を導入したいという気持ちが分かる。でも、たぶん自動車会社のロビーイングに負けて実現しないだろう)。着いた途端に6人の乗客から拍手が起こった。アメリカの娯楽映画でトラブルに次ぐトラブルの後なんとか最後に危機をかわして大団円を迎えるという典型的なプロットがあるが、今回はまさにそれを地でいく感じだ。20代の女性が「私たちはチームだ!」と叫んだが、その気持ちがよくわかる。同じ苦難を共にしたからこそ得られる一体感がそこにはあった。そういった意味ではこれもいい経験かな。うん、そういうことにしておこう。

アメリカ人の「なんとかなるさ」というポジティブな考え方が好きだ。今回と似たようなことが日本で起きたら、多くの人はきっと暗い顔をして沈み込んだり、怖い顔をして係員に詰め寄り不平不満をぶちまけたりするだろう。アメリカ人には「起きてしまったことは仕方がない、せっかくだから自分が置かれた状況を楽しんでしまおう」という感覚がある。アメリカで生活するようになってからこの感覚を自然に身につけていった気がする。日本にいるときは最悪の事態を想定し、そうならなかったからよかったという、今から考えればかなり面倒くさい考え方をしていた。しかしそんな考えではアメリカでは生きていけない。外国人として暮らしていれば思い通りにならないことは山ほどある(アメリカ人にとっては、考え方の異なる人々と一緒に暮らしていくなかで身に付いた知恵なのかも知れない)。ネガティブに考えていたら必ず行き詰まる。何とか生き残っていくためには、ポジティブに考えるしかないのだ。

サンタモニカから、バス、鉄道、バス、バス、タクシーを乗り継いでここまで来た。こんな過酷な旅を強いたAmtrakに複雑な感情を抱かないわけではないが(Amtrakが悪い訳ではないことは十分承知しているけれど)、「何としてでも乗客を目的地まで送り届ける」という気概も同時に感じる。

ここまで、すでに14時間も移動に費やしている。でもこの日はまだ終わらない。30分待って、Oaklandの駅からAmtrakのバスでBay Bridgeを越える必要がある。闇夜に浮び上がる橋のライトがきれいで、「誰もが『素晴らしい』というサンフランシスコの街にこれから入っていくんだ」と思うと、高揚感が湧き起こり、しばし疲れを忘れる。

鉄道が来ないため(当たり前だ)、バスの客は私一人きり。中国から来たという運転手のおじさんとおしゃべりをする。気のいいおじさんでホッとさせられる。日本ではネットを中心に、韓国人や中国人に対する近親憎悪の感情が強まりつつあり、私もその感情に引き摺られそうになることがたまにあるのだけれど、アメリカにいると、韓国人や中国人も同じアジア人だという気持ちが強く湧き起こってくる。

やっと宿にたどり着き、久しぶりに(昨年からお酒を飲むのはパーティーや飲み会限定にしたため月に12度しか飲まない)ビールでも飲もうかと思ったが、ベッドに倒れ込んだら動けなくなり、即就寝。

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NHK-BSプレミアム「極上美の饗宴『シリーズ美女(1) 心奪われる瞳の謎 フェルメール『真珠の耳飾りの少女』』

この作品と同じような写真の撮影を試みることにより、篠山紀信のことばで言えば「画家の嘘」を暴き出していこうという番組だ。

篠山紀信が選んだモデルは奇しくもオランダのクオーターだった。数年前にKLMオランダ航空に乗ったとき、CAの方々の体格や顔立ちがオランダ絵画から抜け出してきたように感じられたことを思い出した。それが彼にもモデルのプロフィールなしでわかったんだろうな。

目と真珠の耳飾りと唇の光の反射を消すと印象が変わる。この三角形が彼女を魅力的にしているのはたしかだ。

まず目。彼は瞳にキャッチライトを当てて魅力的に見せる写真のテクニックを先取りしていたという。彼がカメラ・オブスキュラを使っていたことはよく知られている。「だまし絵展」のときにこれを使って見たことがあるが、かなりぼやけた感じがしたのを憶えている。彼が当時最先端の機器を使ったから生まれた表現なのかも知れないとのナレーションがあったが、研究の世界でも技術の発展により可能になる研究がある。最先端の技術に注意を払う必要性という点では芸術も学問も似ていると思う。

次に真珠の耳飾り。ターバンが写り込まなかったり、作品の姿勢の角度だと真珠が光らなかったり、当時存在しなかったサイズの真珠を使っていたり、さまざまな「嘘」があることがわかる。

最後に唇。修復の結果として現れたこの光はとてもつやっぽい。引き込まれる。

衣装についても言及があった。同じ補色の関係にある赤と緑ではやはり落ち着かず、青と黄だと安定感があるという指摘や、見るものの視点が襟の白から少女目に向かうように誘導しているという指摘になるほどと思う。

左右の瞳の位置がずれているという指摘も面白かった。右の目はこちらを見ているが、左の目は見るものの視線を受け入れており、見ることと見られることが反復するというのだ。

篠山紀信が振り向きざまの表情の魅力について語る。動きの中に感情の起伏が表出するという。フェルメールはそのことがわかっていたんだな。

最後に篠山紀信版の作品を求められて彼が撮った写真が紹介される。髪が降り乱れるさまがとても色っぽい。彼が女性の一瞬の表情を捉えるのに長けていることがよくわかる。

このようにして1つの作品を掘り下げて分析していく試みは大変興味深い。この番組のシリーズは見逃せなくなりそうだ。

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NHK教育「夢のレンブラント 傑作10選」

現在国立西洋美術館で開催中の展覧会との連動企画だと思う。

「目を潰されるサムソン」におけるデリラの表情、特にそのまなざしと口元が怖い。絵と同じ構図で役者にポーズをとってもらい、違う角度から光を当ててその見え方を比較すると、いわゆる「レンブラントライト」の効果が浮び上がってくる。懐中電灯を顔の下から照らすと怖いのと同じように、同じ表情でも斜め下から光を当てると怖い。その人の内面の怖さが浮き彫りになる。

森村泰昌が、サムソンの顔、手、足、髪の毛が一直線に並んでいて時間の推移があったり、闇の世界の三角形と光の世界の三角形が対比的に描かれていたりすることを指摘していた。画家らしい指摘だ。

「三本の木」は妻の死の翌年の作品。画家が写生しているところが小さく描かれているのが印象的だ。

「笑う自画像」はやはり迫力がある。自分を笑う境地に達したことがよくわかる。

「ペテロの否認」における、自分を裏切ったペテロへ向けられたキリストのまなざしが物悲しい。

死の年に描かれた最後の「自画像」のまっすぐこちらを見る目に釘付けになる。

5月の上京時に時間があったら行ってみよう。

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「Hostelling」

LAではホステルに滞在。留学していた頃に泊まって快適だった記憶があり、その頃の気持ちを振り返るために、また物価の高いワシントンやシカゴでのホテル滞在とのバランスを取るために、今回はここに泊まることにした。23ブロック歩けばサンタモニカのビーチに出られるところがいい。着いて中に入ってみると、すごく懐かしい。中庭もキッチンも昔のままだ。タイムマシンに乗って昔の自分に戻った気さえする。

街を歩いていると「翌日はLAマラソンのためこのバスはこの停留所に止まらない」という張り紙があちこちに貼ってあるのに気づく。これについてホステルの受付のおじさんに尋ねると「確かに走らないバスもあるが、いつも通り走るバスもある」とのことだった。「このバスは大丈夫か?」とある路線を名指しで尋ねたところ、「この路線はマラソンコースを外れているから、確実にいつも通りに走っている」とのことだった。

翌日は土砂降りの雨のなか、確実に走っているというバスの停留所を目指して歩くが、教えてもらった停留所の前の道路は封鎖されている。あせって数ブロックほどルート沿いを歩いてみたものの、どこまで歩いても道路は封鎖されたままだ。しだいに靴が水浸しになり、パンツの裾やコートが水を吸い、また強い風のため傘が裏返しになる。封鎖している車の辺りに関係者らしき人がいたので尋ねると、目当てのバスはここには来ないという。別のバスがダウンタウンまで行くので別のバス停に行けと言われて向かうが、そこで待ってもバスは全くこない。

いったんホステルに戻り、状況を昨日話したおじさんに伝えると、「それは知らなかった」との返事が返ってきた。「誤った情報を伝えたのだから、時間までに駅にたどり着く別の手段を教えて欲しい」と私が言うと彼は、「私はバス会社の人間ではない。そんな私に尋ねたお前が悪い。私には何の責任もない。」と言い出した。

いかにもアメリカ人らしい対応(これと似た経験は留学中に数えられないほどある)にげんなりしてしまった。「確実でなければ断言しない、間違っていれば謝る」という日本人の通常の感覚が通じない。アメリカ人と接していて疲れるのはこういうときだ。これだから私はこの国で生きることに躊躇する。学位取得後にアメリカに残る道もあったが、それを選ばなかった理由の一つがこれだ。ときどき来るだけで十分だと思う。

そんなやりとりをしているうちにも時間はどんどん過ぎていく。バスが走っているところまでは距離があり、精神的にも負担がかかっており、またこの時点で濡れネズミ(コートもパンツもずぶ濡れで、かつキャスターを使って深さが20センチ以上の水たまりを通過したためソフトスーツケースの中も濡れている)状態だったので、その日の移動は諦めることにした。幸いホステルも延泊でき、サンフランシスコの宿もキャンセルでき、鉄道も予約の変更がきいたので、予定を丸一日ずらすことになった。今回の旅程の中では比較的融通がきく時期だったため大きな問題にならなかったのは不幸中の幸いだ。

激しい風雨が止まず一歩も外に出ることができない。この機会に洗濯をし、洗ったものと、汚れてはいないが雨で濡れたものを乾燥機に入れて乾かす。衣類はこの対応でなんとかなったが、一部の紙(本やパンフレット、ハンドアウトなど)の損傷が激しい。乾くとシワシワになっただけでなく、判読不可能になったものもある。

外出もままならず、またかなり冷えてきたため、この日の残りは暖炉の前で過ごすことにした。暖炉の回りには私と同様に外出を諦めた人たちが10人近く集まり、少し落とした明かりの中で(アメリカでは日本のようにむやみやたらと蛍光灯で明るくせずスポットでの間接照明が基本だ)、ソファーに深々と座りながら、黙々と本を読んだりラップトップに向かい合ったりしている。この暖かさと静けさが心地良い。足止めをくらったとはいえ、こんな時間がもてるのは悪くない。

揺らぐ炎はいつまで見ていても飽きないものだ。前日にサンタモニカのビーチに押し寄せた波と同様、眺めていると心が落ち着き、安らかな気持ちになってくる。仕事で燃え尽きそうになった自分に必要なのはまさにこのようなquality timeだと思う。夢や希望に燃えていたあの頃の気持ちが少しずつ呼び起こされてくる感じがした。

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「The Getty」

前述の、食堂車で相席だったご主人のサジェスチョンに従い、ちょっと遠いが行くことにする。Westwood経由ということはUCLAの近くを通るということだ。迷いそうになったもののHammer美術館の角で何とかバスを乗り換えてThe Gettyの入り口にたどり着く。バスを降りて指示に従い進んで行くと、トラムを待つ人が列を作っているところに出た。順番が来て乗り込むと、ゆるい坂をゆっくりと進んでいく。日常を離れてこれからアートの世界に向かうんだという気持ちが高まってくる(この坂の効果については、神戸女学院の坂も絡めて阿修羅展のエントリーで既に言及した)。

P3200359 眼前に白亜の建物が見えてきた。幾何学的な箱形の造形だ。彼らはここにアートの理想郷を作ったんだなと思った。

やはり私にとってこの美術館の宝はヨーロッパの中世芸術だ。NYのマンハッタン島北端にあるクロイスターズ美術館のようにそれに特化しているわけではないけれど、見応えのある作品がある。

P3200366 North Pavilionに入る。左手の彫刻作品の部屋から順に回って行くと、ステンドグラスがたくさんある部屋にたどり着く。P3200367 NGAの作品も素晴らしかったが、こちらの作品は色彩のみならずモノクロの陰影部分もしっかりと描き込まれており、作品としての完成度が高い。P3200371 さらに進むと、装飾性の高い書籍の部屋がある。絵が細かく描き込まれ、また字体も芸術的な書籍は美しく、いつまで見ていても飽きない。一冊持って帰りたいがそういうわけにもいかない。2階に上がり宗教画を見る。祭壇画の下の部分に描かれた、征伐されている怪物がおもしろい。密教のマンダラにもいちばん外側で怪物を退治している場面が描かれたものがある。神が自分の意に従わないものをやっつけるという、同じ考えに基づいているのだろうな。

P3200360 East Pavilionにはレンブラントの作品があった。私の記憶では、この美術館は彼の若い頃の自画像をもっていたはずなのだが、それは展示されていなかった。私の記憶違いか、当時特別展をやっていたのか、どちらかなのだろう(もっていて展示しないということはまずありえない)。

P3200365 South Pavilionには調度品が置いてある部屋もいくつかあった。似たような展示はフィラデルフィア美術館で見たことがある。P3200363 もちろんイタリアなどヨーロッパに行けば、美術館ではなくて実際の家の中に当時の様子が示してあるのだが。

P3200361 West Pavilionでは特別展をやっており、江戸から明治にかけての日本人を撮影した写真を展示していた。顔つきが今の日本人とは違い、非常に面白い。精悍な感じがする。

写真を見ながら、以前LAに来たときに行ったLA County Museum of Artの中の日本の江戸時代に流行した根付けの膨大なコレクションを思い出した。今で言うところのケータイストラップに相当するこれらのチャーミングな小物はいつまで見ていても飽きることがない。その造形の滑稽さや美しさだけでも見るものを十分魅了するが、中には精密な仕掛けが施してあるものまであり、それらに感嘆させられる。ちなみにアメリカには今も昔もこのようなもの(根付けやケータイストラップの類いのもの)は存在しない。マンガに鳥獣戯画や北斎漫画以来の伝統があるように、現代日本のケータイストラップにも歴史があることを実感する。

なお、LA Countyの日本のセクションで言及すべきは、数年前日本にやってきて有名になったPrice Collectionだ。Price氏のコレクションの一部がここで展示されている。以前この美術館を訪ねた際には、なぜこれらの優れた作品がLAにあるんだろうと不思議に思ったが、その後、大金持ちの御曹司である彼が戦後の混乱期に買い集めたものと知る(彼の父の友人であったFrank Lloyd Wrightにサジェスチョンを受けたらしい)。伊藤若冲のファンにとっては必見のコレクションだ。

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「Abbot Kinney」

P3200343 Love Psychedelicoの最新アルバム(といっても、いつものごとくリリースのインターバルが長くてもう1年以上出てないけれど(笑))やその最初の曲のタイトルのもとになっているAbbot Kinney (St.ではなくBlvd.)を歩く。P3200346 以前FCBBSにそのアルバムジャケットについて「通学路の表示が左右逆になっているからこれは合成だろう」と書いたこともあり、全く同じ風景があるとは思っていなかったけれど、P3200350 コラージュする前の部分を見つけたり、もちろんデリコの2人がLA滞在中に気に入ってよく訪れたという街を歩いたりしたかったので、行くことにする。

P3200336 サンタモニカの風に吹かれながらビーチを眺めたり、easy-goingな雰囲気の人々と接したりしていると、ここなら何でもできそうな気がしてくる。ずっと東海岸にいたため、カリフォルニアに来たのは12回にしか過ぎなかった(それも駆け足だった)のでよくわからなかったり、東海岸の人は結構カリフォルニアをバカにしているのでそんなものかと思ったりもしたが、こうやって実際に来てみると人はみなopenだし、can-do spiritに溢れている感じがする。P3200342 ここでは何か新しいことを始めたくなる。カリフォルニアで起業する人が多いのも無理はないと思えてきた。数ヶ月間のサバティカルでは、ロンドンだけじゃなくカリフォルニアにも滞在しようかという気にさえなる。いろんな条件が重なって、こんな風土ができたんだろうな。

P3200357 地図の上では宿泊先のサンタモニカからそれほど遠くなかったので歩いて行ったのだが、サンタモニカやベニスのビーチを散策しながら向かったため結局片道1時間ぐらいかかってしまった(足にマメができた)。P3200353 Main St.から入ってすぐのところに学校があり、通学路の表示はここのものだろうと思った。さらに進んでいくものの、ジャケットで見たような風景が見当たらない。P3200345 ジーンズショップやカフェの建物の雰囲気がジャケットのそれと似ている気がしたが、確実にそうだと自信をもって言える訳ではない。ジーンズショップに入って少し見てみると、商品に値段がついていない。店員に尋ねると「うちでは値札をつけないんだ」とのこと。ちょっとオシャレなセレクトショップのような店だ。P3200352 お腹がすいたのでAbbot’s Habitという赤レンガの外装のカフェに入り、ハム&チーズのキッシュとサイドサラダ、コーヒーを頼む。店員はものすごくフランクで、これぞカリフォルニアンという感じ。キッシュが大きい。サイドサラダにマメが結構入っていたのはポイントが高い。P3200351 味はまあまあといったところ。

エスニックな品揃えの店が多い中、若者の街ベニスに近いだけにサーフィンのお店などもある。カウンターカルチャーの匂いがそこはかとなく感じられる。P3200349 デリコの2人が好きだというのも何となく分かる気がした。

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「Grand Canyon」

P3190312 こんな雄大な景色を見たのは初めてだ。深い谷が大きな口を開いている。ことばで形容するのが難しい。また、写真ではこの広がりや奥行きは感じにくいだろう。やっぱり実際に来て、見てみないと分からない。

P3190313 South Rimのビューポイントに何カ所か立ち寄る。下まで続くルートを歩いている人もいる。P3190323 遥か下に濁った水が見えたが、それがコロラド川だそうだ。

多くのスポットは観光地化していて人が多かったが、最後に寄ったところでは人がほとんどおらず、雑音もあまりなかった。シーンと静まり返った中で眼前に広がる絶景を眺めていると、自分が自然の一部になった気がする。P3190325 仕事でかかえたストレスなどがとてもささいなことに思えてくる。

P3190324 これまでは文化の方にばかり気持ちが向かっていたけれど、自然も素晴らしいものだと今回改めて実感する。

アメリカ・インディアンが住んでいるという家が幾つか見えた。P3190331 集落を作るのではなく、ポツンポツンと点在している。道路はアメリカのものだがこの土地はインディアンのものなので、P3190332 道路を越えて入ることは許されないらしい。

P3190320 Pinyon Jayという「青い鳥」が飛ぶのを見た。また、Elkをかなり間近で見る。人間を全く怖がらない。さらに、「水曜どうでしょう/アメリカ横断の旅」で見たことがあるPetrified woodsが土産物屋の入り口近くに置いてあった。どこからみても本物の木に見えるが、手触りは完全に石だ。P3190322 不思議な感じがする。

P3190329 眼前に広がる雄大なグランド・キャニオンの風景が私の心を洗ってくれたようだ。迷ったが来てよかった。これまでは健康診断のときに「リラックスして下さい」と言われると、マレーシアとタイの国境の島に行ったときに見た隠れクマノミやレインボーフィッシュ、ヤシの木の向こうの水平線に沈む夕日を思い出していた。今後はそれにこのグランド・キャニオンの風景が加わるだろう。

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NHK-BSプレミアム「Amazing Voice 驚異の歌声『アトランタに響いた声』」

1996年のアトランタ・オリンピックの頃にはアメリカにいたので、そのキャンペーンソングであるEnigmaの「Return to Innocence」は何度も耳にした。ポップ・ミュージックのFMステーションでよくかかっていたものだ。男性の味のある歌声にパーカッションがかぶっていくイントロが非常に印象的である。

これは台湾少数民族アミのディファンの歌声を無断でサンプリングしたものらしい。著作権にうるさい欧米諸国の音楽に勝手に引用され権利を侵害されたのだが、そのことがきっかけでそれまで無名だった彼が世界的に知られるようになり、その後彼にいろいろとお声がかかるようになったというのは少々皮肉のように感じられる。

パーソナリティーは元ちとせと藤井フミヤ。数人で歌っている「老人飲酒歌」が雅楽に似ているとのコメントがあったが、私にはグレゴリオ聖歌や、数年前に京都国立博物館前の庭で聞いた真言宗(天台宗?)の声明(しょうみょう)に近く感じられた。また、ルネサンスの宗教音楽を歌うTallis Scholarsのように洗練されてはいないけれど、声の広がりには共通するものがあるように思う。

フー・ドーフーの歌はプロテスト・ソングであり、ボブ・ディランの「風に吹かれて」を連想させる。彼の曲を聞き、「ウェイシェンマ(どうして)」というフレーズをどこかで聞いたことがあると思ったら笹川美和の曲だった。彼女はavexの後に契約していたインディーズのレコード会社との契約も最近終了したらしいが、今後彼女はどうするのだろう。

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NHK-BSプレミアム「新日本風土記『京都 色いろ』」

自然に恵まれた京都の四季を彩る「色」を取り上げている。

色の着こなしで季節を表す「かさね」についての話から始まる。着物などの桜色は紅花から作るとは知らなかった。昔の京都では、季節に合わせた「かさね」の使いこなし方でその人がいかに洗練されているかを評価していたらしい。京都人が最も大切にする「季節感」には長い歴史があるんだな。

貴船の川床のシーンも出てきた。鞍馬出身の友人と行く約束をしていたのだがまだ実現していない。いつか必ずここへ行き、川の上のお食事処で涼を楽しむだけでなく、縁結び&縁切り(これらは表裏一体だ)かつ呪いを引き受けてくれることで有名な貴船神社に行き、その雰囲気を味わいたいものだ。

西陣織は「糸で描く絵画」と言われるらしい。欧米でタペストリーをたくさん見てきた目には納得がいく表現だ。昨年の夏にある講義に参加するため立命館大学に通っていた頃、ちょうど祇園祭の宵山にぶつかり、この時期に限って公開している旧家の所蔵品や山鉾にかかっている織物を見たことを思い出した。

和服に使う糸の色は2500種以上あり、また赤だけでも400種以上あるそうだ。手作業だと1本の帯を織るのに3ヶ月以上かかることもあるという。2つの色の糸をより合わせて1本の糸をつくり出すこともあるらしい。1本で2つの色をもつ糸とは、バロック音楽でいうコントラパンタル(対位法、カウンターポイント)のようなものかな。

京都を表すパステル「京色パステル」が紹介されていた。しかしこれははっきり言ってコンセプト的にサクラクレバス「地方色クレパス・シリーズ色彩紀行」のパクリだ。「色彩紀行」がADCの賞を取ったとき(2006)の方が、京都の高校生がビジネスコンペで賞を取ったとき(2008)より早いからだ。デザインに興味のある人ならすぐにわかったはずなのだが。京都特有のいろんな事情があるのかも知れない(詳しいことは省略)。

食器の蒔絵の技術に感嘆する。漆の黒という闇に金色の輝きをもたらす金粉には90種類もあり、それらを使い分けて表現するそうだ。金粉を使って赤い紅葉の色を出す工夫に驚く。

これら以外にもいろいろ紹介していたけれど、最後に出てきたのは和菓子。色と季節感といえばやはりこれに言及しないわけにはいかない。職人が「それらしく見せればいい、想像させる色合いが大事」と言っていた。お菓子は象徴でしかないから、見る人が残りを想像力で補うというわけだ。枯山水など、ほかにも古都由来のシンボリズムにはいろいろある。これらをこころゆくまで楽しめるようになりたいものだ。

新番組の初回ということで頑張ったんだろうけれど、やはり詰め込み過ぎの感は否めない。もっとそれぞれ深く追求した方が面白いし、分かりやすい。今回取り上げられた個々のものにはそれだけの価値がある。

番組の最後に葵祭らしき映像が映る。時代祭には行ったことがあるが葵祭にはまだない。今年は日曜でもあるし、時間があったら出掛けてみようかな。

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NHK-BSプレミアム「世界美術館紀行名作選『アムステルダム国立美術館〜レンブラント・光と影』」

数年前に放送していたこの番組をまた見ることができてうれしい。この回も前に見たことがあるけれど、また見てしまう。かつて「新日曜美術館」を担当していた石澤典夫アナの声によるナレーションに心が落ち着く。

「光と影の画家」と言われてまず頭に浮かぶのは陰影のコントラストが激しいカラヴァッジオ(デレク・ジャーマンによる同名の映画もよかった)の作品だが、今回はレンブラントの作品を扱っている。

フェルメールの「牛乳をそそぐ女」も紹介されていたが、今回のメインはレンブラントの「夜警」。これはただの(集団)肖像画ではない。苦難の末にスペインから独立した新興国オランダの警護にあたる人々を描いている。ここに当時の国家意識が見て取れる。また、今にも出動しようという劇的な瞬間が、明暗法を使って劇的に描かれている。最近ピーター・グリーナウェイ監督がこの作品を題材に映画を撮ったそうなのでぜひ見てみたい。「コックと泥棒、その妻と愛人」(この映画を見たらしばらく肉が食えない(笑)ちなみにこの衣装担当はJ.P.ゴルチェだそうだ。確かにこの映画の過剰さとマッチしている。)を撮影した色彩の魔術師がどんな映像美を見せてくれるのか、想像しただけでワクワクする。

この作品は観客に切り裂かれたことがあるそうだ。確かに欧米の美術館では作品をそのまま(むき出しで)展示していることが多い。日本でガラスのケース越しに見ることに慣れた身としては、作品に直に接することができて大変うれしいのだが、そうするとこんなリスクもあるわけだ。

この美術館に行けば大好きな17世紀のオランダ絵画をお腹いっぱい堪能できそうだ。この夏からのロンドン滞在中に絶対行ってやる(笑)

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梅田AKASO「初音茶屋Vol. 12」&中村アヤサ(島村絢沙)

12月末以来の初音茶屋。少し遅れたけど何とか開場に間に合う。

お出迎え曲の後のメドレーの最初に「モノクロの空」を歌ってくれた。やっぱりこの曲が好きだ。この曲だとわかったとたんに体がジーンとした。聴いていると涙が出そうになる。12月の初音茶屋のときに書いた感想で「この曲が聴きたかった」と書いたから、それに応えてくれたのかも。

カバー曲の「瑠璃色の地球」と「夢をあきらめないで」はまさに時期を得た選曲だ。特に「夢をあきらめないで」には、個人的にちょっとつらい思い出がよみがえってしまった。

デビュー前に作った曲を披露するコーナーでは、中学生の頃、大阪市内から門真市にすむ祖母のところまで2時間かけて歩いて行く最中に作ったという曲を演奏してくれた。中学生が作る曲とは思えない完成度だ。

最近なかなか初音ちゃんの曲を聴く機会がなかったが(アメリカで聴こうとは思わなかった)、やはり彼女はいい声をしている。以前小田和正が「一般の人と歌手の声は違う」と言っていたが、彼女の歌声を聴き、確かにその通りだと感じられる。

途中で休みも入れずずっと歌ってしゃべっていたので、大丈夫かなと思ったが、二十歳だし、まあ大丈夫なんだろう。でも、のどをあまり酷使してほしくないと思う。

サポートメンバーであるヴァイオリンの中村アヤサさんの可憐さに見とれる(笑)。美形だし、スラッとしているし、身のこなしもエレガントだ。演奏も、その美しい音色はもちろんテクニックも駆使しており、たいへん素晴らしい。「これはただ者ではない」と思い調べてみると、やはり彼女は、サントリー「南アルプスの天然水」のTVCMに出演し、演奏を披露して「雪上の美少女ヴァイオリニスト」と話題になったこともあるタレント、かつクラシックのコンクールで入賞した経験もある19歳の音大生(クラシック業界の用語では「とうほう」の「きり(桐)の方」の学校)、かつすでにリサイタルの経験もある新進気鋭の若手ヴァイオリニスト「島村絢沙」であることがわかった。経験を積んだり仕事の幅を広げたりするためか、それともavexからのデビューへの布石か、事務所の研音がらみか、単なるバイトか、彼女が「チーム初音」に入った経緯はよくわからないが、いずれにせよ、彼女に出会えたことは大きな収穫だった。

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Amtrak「Southwest Chief号」2

ColoradoLa Juntaの駅で燃料補給や乗組員の交替のため20分ぐらい停車する。お店が出ていたので冷やかし半分で見てみると、インディアンの人形、ドリームキャッチャー、小さなサソリ(!)が入ったガラスの文鎮など、なかなかおもしろいものがある。ターコイズのほか、いろんな石を散りばめたネックレスが美しい。

P3180291 停車駅でテンガロン・ハットをかぶったおじさんが乗り込んでくるのを見ると、本当に西部に来たんだなあと感じる。牛や山羊やガチョウをときどき見かけるほかは、背の低い枝だけの木が点在する草原が続くのみ。P3180292 ところどころに岩山が見えるが、そのいただきには雪が積もっている。P3180294 西に向かうにつれ、だんだん緑の葉をつけた木が目につくようになった。P3180297 それを過ぎると、今度は赤茶けた岩が目立つようになり、P3180302 灌木が点在する景色が続く。

New MexicoAlbuquerqueの駅には50分ぐらい停車する。P3180300 La Juntaよりもたくさんのお店が出ている。みなTシャツ姿で、外に出ると確かに暖かい。暑いと言ってもいいくらいだ。P3180298 シャツにセーターにジャケットにコートにマフラーでも寒くて仕方がなかったシカゴとは大違い。アメリカは広い。

今日の食堂車での晩ご飯はロースト・チキン。量がとても多いので平らげるのに一仕事(一食あたりにこれだけ食べていればアメリカ人が肥満に陥るのも無理はない。P3180304 「どうやったらあの部分に肉(正確には脂肪)がつくんだ?」と不思議になるくらいの太り方をしている)。これでまた、明日の朝ご飯は食べられない(笑)

LA在住30年のアメリカ人夫婦と相席。「LAには90年代に一度行ったきりだが、それから何か変わったことはないか」と尋ねると、ダウンタウンにディスニーの施設ができたことなどに加え、The Gettyが移転したことを教えてくれた。Paul Getty MuseumにはまだMalibuにあるときに訪ねたことがある。大学時代に美術史の授業でスライドで見て以来、この美術館は私にとって特別の場所である。レンブラントの作品や、装飾や字体等も含めたその全てが美しい中世の書籍など、いつまで見ていても飽きない作品があるからだ。ご主人によれば、かつての美術館で展示していた作品はコレクションのごく一部に過ぎず、移転先の美術館では倉庫に眠っていた作品を展示しているという(かつての美術館は教育施設になったらしい)。これは行かなくてはならない。

食事中にWinslowの駅を通過。奥様の方が、最近来日して話題になったThe Eaglesの初期の曲「Take It Easy」を口ずさむ。そう、ここはその曲の歌詞に出てきた町だ。また、日没前には西部劇の舞台そのものの景色にも遭遇した。この路線は歴史のある大陸横断道路のルート66にほぼ沿って走っているので、アメリカの音楽や映画と切っても切れない関係にある。アメリカ文化を肌で感じる旅になってきた気がする。

Flagstaffの駅に着き、予約しておいたホテルを探すもののなかなか見つからない。一昨日のChicago出発前にLAに向かう途中でグランド・キャニオンに立ち寄ることを急に思い立ち、10分程度で手続きをしたため、ホテルの場所を十分に確認していなかったのだ。地図では駅のすぐ近くだったのに実際行ってみると数ブロック先だった。不動産の広告で「駅近何分」とか書いていても実際にはもっとかかるのと同じようなものかな。

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NHK-BSプレミアム「クラシック倶楽部 曽根麻矢子チェンバロ・リサイタル」

バロック音楽、特にチェンバロ(ハープシコードともクラバサンともいう)の演奏が好きだ。昨日、たまたまGlenn Gouldがチェンバロで弾くヘンデルの曲を聴いていた。数日前の番組紹介でも流れていたので、見ることにする。

片手で弾いている上をもう片方の手が左右にいったりきたりする。こんな演奏は見たことがない。テクニックはもちろん、パワーもある。そのエネルギッシュな演奏に魅了されてしまった。まるでジャズの即興演奏を見ているようだ。

自分で編曲したスカラッティの「ファンダンゴ」やロワイエの「スキタイ人の行進 ハ短調」のノリがいい。躍動感、疾走感がある。数百年前に作られた曲なのに全然古くない。彼女の手にかかると、バロックは過去の音楽ではなく、みずみずしい、今を生きている音楽によみがえる。古部賢一氏と共演したバッハの「(フルート)ソナタ 変ホ長調 BWV 1031」も軽やかでよい。

彼女はBachGoldberg Variationsからも少し弾いた。この曲についてはGould (1955/1981)がピアノで既に金字塔を築いてしまっているのだが(無人島にたった1枚だけCDをもっていくことが許されるなら、私は間違いなくこのCD1981年の録音を選ぶ)、そこにチェンバロであえて挑むところがいい。さわりしか聴いていないが、Gouldとはかなり違う解釈のようだ。調べてみると、あのavexからCDが出ているらしい。今日はこれから早速注文しよう。

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Amtrak「Southwest Chief号」1

ChicagoUnion Stationを出発する。隣の席に座ったPittsburgh出身のBrianとしばしおしゃべりを楽しむ。Pennsylvaniaの職業訓練校でトレーニングを受け、これから親戚のいるLAに引っ越すところだという。しばらくすると何もない平原が見えてくる。大きな川が見え、眺めているとMississippi川の上にいるとのアナウンスがある。川幅が2kmもあるらしいが、それほどの実感はない。P3170290 渡ってすぐのFort Madison駅で停車。アメリカの大地の広大さを実感する。

こんな旅はかつてあまりしたことがない。博士論文に取り組んでいた頃は勉強に追われ、何をしていても常にそのことが頭から離れず、心から楽しむことが難しかった。就職してからは仕事に追われ、雑用と授業の負担の重さから研究に集中できないことに悩まされてきた。

例外的に旅をしたのは、留学中にまだコースワークをやっていた頃、セメスターが終わって気分転換のためAmtrakEastern RegionUSA Rail Passを手にしたときだ。まだ博士論文のことを考える必要がなく、お金はなくても時間ならいくらでもあった頃で、一学期間根を詰めて勉強した後、とにかくストレスを発散させる必要があった。200ドル程度で30日間、ChicagoNew Orleansを結ぶラインより東が乗り放題だったので、休みの度に買い求め、北はBostonNew YorkPhiladelphia、南はOrlando、西はChicagoAtlantaNew Orleansまで旅したものだ。特にNew Yorkは、頑張ればWashington DCから日帰りが可能なため(NYCのホテルの宿泊費はバカ高い)、「New Yorkじゅうの美術館を制覇してやる!」という意気込みでよく通ったものだ(今のパスではこの路線に乗れない)。Metropolitan Museum of Art(MET)には3日半、Museum of Modern Art(MoMA)には2日、GuggenheimThe Frick Collection(前述のフェルメール展には出品されていない作品 (ちなみにこれは「笑う娘と士官」。当時のオランダが貿易国家であったことが読み取れる背景の地図の美しさや、自信ありげな男性の士官を前にした娘の微笑みに引き込まれてしまう。) の前で15分ぐらい見とれていたら、警備員が遠くから不審そうにこちらを見て、最後には「なぜそんなに見ているのか」と尋問しに来た(笑)作品が素晴らしいからに決まってるじゃん)にはそれぞれ1日かけて、そのとき展示していた全ての作品を見る、ということをやっていた。

今回の旅はある意味その再現とも、また研究者の道を歩み始めた頃への原点回帰とも言える。仕事のストレスがあまりに大きく、何かを変えないとやっていけないという危機感があった。

某財団の奨学生だった頃、お世話係の方が「一度車でアメリカ大陸を横断するといい」と言っていた。機会があればやってみたいと思っていたが、これまで実現できないでいた。今回、米国内で数カ所を訪ねる必要があり、かつ時間の余裕があり、また普段あまり乗らない自動車(日本の大都市に住んでいれば不要だ)に海外で乗るのも面倒なため、鉄道でアメリカ大陸を横断することにした。地べたを這ってアメリカ大陸を横断することで、何か見えてくるものがあると思ったのだ。

晩ご飯は食堂車でとる。Amtrakの食堂車は前にも利用したことがあり、値段のわりにはまあまあのものが出てくるのを知っていた。P3180303 メニューにシカゴのビーフテーキがあり、シカゴで食べそこねたところだったのでオーダーする。味はまあまあといったところ。そのシンプルな味は、子供の頃に母が作ってくれたビーフテーキの味に似ていると思った。食後に疲れが襲ってきたので寝ることにする。

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Museum of Contemporary Art, Chicago

特別展がおもしろくない。また、常設の作品はほとんどなかった。フランシス・ベーコンとフランク・ステラの作品を1点ずつ見ることができたのでよしとしよう。

今回ここに寄ったのは、シカゴの代表的な美術館であるArt Institute of Chicago (AIC)へはすでに行ったことがあるため、別のものを見ようと思ったからだ。AICは丸2日かけて全ての作品を見てまわった記憶がある。階段を上がってすぐのところには印象派の作品がたくさん並んでいた。有名なスーラの作品はかなりサイズが大きい。これは写真ではなかなか分かりにくいことだ。ゴッホの「アルルの寝室」を見たときの奇妙な感じ(遠近法を無視しているためか右側のベッドの存在感がすごい)や、作品の名前は忘れたが、見ている人を誘惑するような女性の微笑みなどは、十数年経ったいまでも心に残っている。本物のブラッシュタッチを見ると、「なんばウォーク」にある複製のキッチュさが目立つ。

フィールド博物館にもすでに行ったことがある。人類学のセクションが非常に充実していた印象がある。またシカゴに戻って来たらアートを楽しもう。

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Oak Park「Frank Lloyd Wright Home & Studio他」

Chicagoに到着。私の関心をひきつけて止まないFrank Lloyd Wrightの建築を堪能するため、宿に荷物を預けるやいなやL(高架鉄道)に飛び乗り、彼の建築した作品が多く現存するOak Parkというシカゴ郊外の町へ向かう。2010年11月のANAの機内誌「翼の王国」に彼の建築の特集があり、それも彼の作品を見たいという気持ちを駆り立てていた。

Lは高層ビルのすぐ近くをかすめていく。ワシントンのMetro(地下鉄)の駅における天井が高いコンクリートの空間とは趣きが違うが、どちらもひと頃のSF映画に出てくるような近未来的な感じがして面白い。Lから下を眺めていると、映画「ブルース・ブラザース」でのカーチェイスが頭に浮かぶ。

Oak Parkの駅着いてから、まず彼の建築したUnity Templeに向かうが、内部は公開していない模様だ(他の家も私邸のため、ツアーのあるWrightの自宅とスタジオ以外は、特別な機会でない限り内部を見ることはできないようだ)。P3160281そこから彼の自宅兼スタジオをめざし、Forest Ave.を北に向かう。その道すがら写真で見たことのある家が点在している。Frank W. Thomas Houseはあまり目立たないため見逃しそうになった。一方、その先にあるArthur B. Heurtley Houseはよく目立つ。P3160283 これぞWrightの建築という感じ。背が低く、広い敷地に建てられた赤いれんが造りのプレーリースタイルの家だ。だからといって周りから浮いた感じはしないが、その向かいにあるチューダー調のNathan G. Moore Houseは、P3160282背が高くて屋根の角度が急なこともあり、明らかに周囲とは雰囲気が異なる。角に位置しているので近くに寄ってみた。人が住んでいるような雰囲気はない(不動産屋の名刺が玄関のところに挟んであった)。

Chicago Ave.にぶつかる右手に、目的の彼の自宅とスタジオがある。P3160286自宅は暖炉が中心にあり、それを幾つかの部屋で共通して使えるようになっている。食堂にあった椅子はとても背が高い。そうすることでテーブルを囲んでいる人々が「部屋の中の部屋」にいるような感じになり、より親密さを増すことができるようにと考えてのことだそうだ。また、子供部屋も面白かった。いろんな遊具がおいてあり、壁に描かれた絵も複数の文化を融合した不思議なものだった。ピアノが階段に突き出るように置いてあり、降りるときに注意しないと頭を打ちそうだった。ところどころに日本の浮世絵が飾ってあるのも印象的だった。 スタジオの方では、天井から鎖がぶら下がっているのが面白かった。機能的には特に意味がないはずなのに。

この後、さらに彼が建築した他の邸宅を幾つか見た後、Mrs. Thomas H. Gale Houseにたどり着く。ピッツバーグ郊外にあるFallingwaterに似たキャンティレバーのバルコニーが印象的だ。写真で見るよりはちょっと古ぼけた感じがした。ここも中に人が住んでいる気配がしない。

このすぐ近くに作家のヘミングウェイゆかりの場所があったが、興味がないのでパス。市内へ戻る。

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