Amtrak「California Zephyr号」3
(コンピュータトラブルのため更新できませんでした。今も別のマシンを使っています。早く直るといいのですが。)
朝起きると、この時点で6時間以上遅れているとの車内放送がある。夜間にバッテリーが故障したので直すのに2時間かかったとの理由を説明した後、“I’m sorry, but it’s not my fault”と言うのには笑った。いかにもアメリカ人らしい。
車窓から見えるNebraskaは一面雪景色。霧がかかっており、数十メートル先も見えない状態だ。かなり高地にいるのだろう。
エンジンが1つの状態で走っているらしい。「いざとなったらバスで目的地まで運ぶ」とのアナウンスがあったが、もうバスの乗り継ぎはごめんだ。遅くなってもいいから、鉄道でシカゴまで行きたいと思う。
IowaのMount Pleasantの駅に着いた段階ですでに8時間の遅れ。だんだん疲れてきたせいか、Sightseer Loungeにいる乗客が大声で歌ったり叫んだりし始めた。電源があるので長らくそこに陣取っていた私だが、あまりにうるさいので退散した。もう嫌だ。二度とこんな旅をすることはないだろう。というか、したくない。
なぜこんなに時間にルーズな状態が許されるのだろうと考えてみた。たぶんアメリカ人は「鉄道なんてこんなものだ」「遅れて当たり前だ」と思っているに違いない。だから状況を改善しようとは思わない。一方、日本人はトヨタ自動車の用語「カイゼン」が英語になったように、あらゆることにおいて「反省」をして、次はよりよいものにしようと努力をする(なお、日本と違い、アメリカには何かある毎に「反省会」をやるような文化がない)。これはなにもアメリカ人が怠惰だと言いたい訳ではない。アメリカ人は「この程度で構わない」と思ったらそこで改善を止め、最低限の努力を維持しつつ低コスト化を図る。そしてその方が確実にマス・マーケットに訴える。アメリカのスーパーマーケットを見るがいい。そこに置いてあるものは10、いや20年前とほとんど変わらない。品物がどんどん入れ替わっていく(新商品がどんどん出て並ぶ)日本のスーパーとは大違いだ。一方日本人は改善への努力を惜しまず、より質の高い品物やサービスを提供するが、結果としてそれは高くついてしまう。日本ではそれでもなんとか買ってもらえるが、世界のマーケットでは「そこまでの質の高さは要らない、コストが安い方がいい」と言われてしまう。経済にうとい素人考えに過ぎないが、在外経験がある身として言わせてもらうと、日本の生きる道は、最高の質を求めるニッチマーケットを確実に押さえつつ、諸外国のそれよりは質が高いものの、これまでよりコストを抑えた品物やサービスを展開していくことにあるのではないかと思う。
IowaのBurlingtonの駅を過ぎ、IowaとIllinoisの州境を流れるMississippi川に差しかかった辺りでまた車内放送があり、シカゴには7時間遅れで到着の予定とのこと。少しは遅れを取り戻してくれるということか。
61時間(2日と13時間)かけて、とうとうシカゴのユニオン駅に到着。長い旅だった。前に来たときに見逃した、映画「アンタッチャブル」に出てきた乳母車が転げ落ちる階段を探そうと思ったが、そんな余裕もない。最近Best of Chicagoのホテル部門を受賞したという4つ星のBoutique hotel(変な意味ではない)に移動して、やっと寛ぐ。
本来なら前日の昼に到着し、夜にリリックオペラのビゼー「カルメン」を観賞するつもりだった。しかし予定が1日ずれたため、今回は見られなくなってしまった。まあ仕方ないか。
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